カンセロはなぜ右利きなのに左SBなのか?

f:id:hrism:20220217003808p:plain
Photograph: Marc Atkins/Getty Images

一般的に、サイドバック含む最終ラインは、左利きが左SB・CBに、右利きが右SB・CBとなることが多いです(もちろん、これは陣容をある程度自力で整備出来る環境であることが前提ではありますが)。そんな中で、左利きSBをおさえて右利きでありながら左SBのファーストチョイスに収まっているカンセロの存在は極めて特殊です。この記事では、その理由を読み解いていきます。

はじめに

先述したような、最終ラインにおいて、利き足と同じサイドに丁寧に選手を配置するのは、ざっくり言うとトータルフットボールの文脈にあるものだと言って大きな語弊は無いでしょう。つまり、最終ラインからスタートするボール保持・ボール循環において、左サイドの選手が、左足にボールを置き、広く視野をもつ=広く選択肢を持てることが、非常に重要な意味があるのです。

ペップがトータルフットボールの文脈にある監督であることは今更言うまでもないことではありますが、それを再度印象づけるのが、今季(2021-2022)のセンターバックのファーストチョイスです。

その1つ前のシーズンでルベン・ディアスという新たな若きディフェンスリーダーを得たペップは、そのパートナーとしてジョン・ストーンズを重用していました。それまで好不調の波が大きかったジョン・ストーンズですが、この若きディフェンスリーダーと共に起用されることで、みるみるパフォーマンスを上げていったのです。結果的に、このシーズンのシティのCBユニットの総合力の高さは、世界的に見ても随一でした。

にも関わらず、今シーズン、このCBユニットはファーストチョイスではなくなり、ストーンズに変わって左利きのラポルトが左CBとして、右利きの右CBルベンと共に先発することが増えました。もちろん、これにはシーズン開始時のそれぞれの選手のパフォーマンス状況なども考慮されてのことではあります。現に、レギュラーを降格されてしまったストーンズは、シーズン開幕前のEUROでの疲労などもあり、なかなかパフォーマンスを上げられなかったのも事実です。

しかし、シーズンが経過するにつれてパフォーマンスを取り戻していったストーンズが戦列にかえってきた際に加わったのは、かつてのようにCBとしてではなく、右サイドバックのバックアッパーとしてでした。このことは単純にパフォーマンスやフィットネスの問題だけで降格したわけではないことを語っています。つまり、CBのディフェンス強度が前シーズンと比べて低下するリスクを抱えてでも、利き足サイドの陣容をCBに整理することがペップにとっては重要だったと考えられるのです。

しかし、そんなある意味のリスクを負ってまでボール循環を整備しようとしているのだと考えれば、一体なぜ、左利きのジンチェンコではなく、右利きのジョアン・カンセロが左SBのファーストチョイスに収まっているのでしょうか

解題:カンセロはなぜ右利きなのに左SBなのか?

それは左利きのロッベンやマフレズが逆足サイドの右ウィングで起用されるのと同じ理由だと思われます。

つまり、カンセロはサイドバックでありながら、ウィングと同じく「ゴールに向かっていく角度」での働きを期待されている、と考えられるからです。

現に、カンセロは今シーズン、シュート数・タッチ数ともにチーム内で1位であることを踏まえると、これは偶然ではなく、デザインされた上でのことであると見えてくるでしょう。いわば、サイドバックでありながらも、ビルドアップの開始点ではなく、ゲームメーカーとしてカンセロは左SBに位置しているのです。

そしてシティは左サイドに右利きのゲームメーカーを隠し持ちつつ、ボール循環も確保しなければならないので左SBは左利きでなければならず、また逆サイドの右SBはカイル・ウォーカーストーンズのように高い守備強度が必要となるのではないでしょうか。

Side-Back As A Game-Maker

かつて、ゲームメーカーはトップ下に君臨していました(ロベルト・バッジオデル・ピエーロ等)。やがて、このポジションでは落第だったピルロが、相手からのプレッシャーを避ける意味で一列さげてボランチのポジションでゲームメイクを始めました。そして、そこから更に時代を経て、ゲームメーカーは更にポジションを下げてサイドバックになったと言えるのかもしれません。

それは単純に偽SBというワーディングでは漏れ出る役割を持った何かです。ビルドアップを補助し、ネガティブトランジションに置いてフィルターになることが求められているというよりは、ファイナルサードにボールを送り込み、場合によっては自ら勝負を仕掛けてボックスに侵入することが求められているのです。

現に、シティでも、偽サイドバックらしい動き(ハーフスペースへのランニング、ビルドアップ補助など)という意味ではジンチェンコのほうがずっとそれらしい動きができますし、それが必要な試合ではジンチェンコがスタートから起用されることもあります。にも関わらず、大一番ではカンセロが起用されるのは、ポゼッションで押し込んだあとに最後のひと仕事を相手のマークが薄いところからやる選手が必要だというペップの判断でしょう。

予想される弱点

もちろん、こういった戦略を採るのは守備強度の面で不安なところも少なくありません。

たとえばリバプールのように強烈なウィンガーが両サイドに張るようなチームに対しても同じように振る舞えるのかというと、多少の疑問が残ります。

また、かつてサッカー戦術界隈で名を馳せた「マンジュキッチ爆撃」=つまりフィジカル優位のポストプレーヤーがサイドに流れてロングボールを受けて起点となる戦術なども、カンセロのいるサイドで展開されるととても対応に苦慮するでしょう。

とはいえ、こういった強力なオフェンスの型を再現性をもって実現できているチームは非常に稀です。逆説的ですが、これらに対しては完全に有効な対抗策が見つからないからこそ、未だに有効性が担保されているのだとも言えます。つまり、左SBがカンセロであろうが誰であろうが、対応が非常に難しいことにかわりはないのです。これらを一人で受けきれて、かつ攻撃局面でも最低限の仕事が出来る選手など、世界的に見てもまず思いつきません。

それよりも、そういった弱点はチームディフェンスで対抗しつつ、攻撃局面での強みを発揮しきれるようなデザインを採っているのが、ゲームメーカーを左SBに置くという現状のマンチェスター・シティのスタイルなのでしょう。

今後、チャンピオンズリーグプレミアリーグでも強敵との戦いを残しているシティですが、その強敵たちがいかにしてこの布陣と対峙するのかは、要注目ポイントとなりそうです。